「姚江の会」4年の学び

「姚江(ようこう)の会・高崎」の活動が一つの節目を迎えました。

林田明大先生にご指導を仰ぎながら、陽明学を学んできました。

最初は林田先生の著書を中心に読みながら学んだのですが、途中からは王陽明の「伝習録」を読んで来ました。

下巻、上巻、中巻と読み進めてきたのですが、とても一人だけだと読み切れる内容のものではありません。

林田先生という指導者と、ともに学ぶ仲間のお蔭です。

 

4年にわたる学びでした。

参加者はそれぞれ仕事を持つ中で、会はよく続いたと思います。

もちろん100%の出席率とはいきませんでしたが、挫折しそうになりながらも続けてきたことに意味があります。

林田先生におかれても、体調が万全でない中でわざわざ群馬の高崎までお越しいただいたことに心から感謝申し上げます。

しかもその度に準備をしてこられて、伝習録以外の良き本も多数紹介していただきました。

その熱意に頭が下がります。

未読の本も多いですが、リストアップしてありますので少しずつ読んでいきたいと思っています。

また、東京から参加の方もおられ、真摯な学ぶ姿勢に大いに影響を受けました。

さらに言えば、根本は人との出会いからです。

ある税理士事務所の記念行事で先生のお話を聞かなかったら、そしてその税理士さんにお誘いいただかなかったら、今日までの学びはあり得ませんでした。

出会いに感謝です。

 

これからも折節、伝習録に目を通すことでしょう。

古典は汲めども尽きぬ魅力があります。

林田先生も読み返す度に発見があるとおっしゃっています。

また、陽明学の真髄は実践体得、事上磨錬にあります。

実生活においてどれだけ陽明学的な考え方ができるか、どれだけ実行に移せるか、これから学びの真価が問われるところです。

二元論の支配する世界で、一元論的なものの見方と行動がますます大切になってくると信じます。

 

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拙書「致良知」(良知を致す)

昨夏の呑石書法会展にて

群馬でカジノ?

カジノやカジノ法案の話を書きましたが、群馬ではコンベンション構想が進められています。

高崎駅東口の一等地に広がる競馬場の跡地を利用します。

希少な県有地の利用として、どんなものかと首を傾げます。

そんなにコンベンション(会議)で利用されるものでしょうか。

東京から新幹線で1時間もかからない場所ですから、ライバルは東京ビッグサイトや幕張メッセになります。

コンベンション施設単体で誘客できるほど甘くはありません。

それ以外の地域の魅力が必要です。

もちろん宿泊施設も質量ともに。

 

赤字続きとなれば、そのうちカジノでも誘致しろという話になりかねません。

背に腹は代えられぬ、ということです。

群馬は国定忠治に代表される上州博徒の伝統があり、実際に競輪、競艇、オートレース等々、各種のギャンブルを謳歌できます、、、という県の宣伝文句は、ぞっとする想像です。

決してギャンブル大県などになって欲しくはないですね。

 

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初秋の赤城自然園(群馬県)

ラスベガス

カジノの印象について書いてみたいと思います。

若い頃、アメリカ留学中に、ラスベガスを訪れました。

目もくらむようなきらびやかなネオンにホテル。

カジノの不夜城は休むことなく動き続けていました。

豪華なホテルも意外に安く泊まることができるのは、宿泊客にしっかりカジノでお金を使ってもらえるからです。

食事もほとんどお金がかからないようになっていました。

 

閉鎖された空間で時の経つのも忘れ、スロットマシンやカードゲーム、ルーレットに興じる。

確かに面白いのです。

のめり込んでしまいます。

ましてや儲かりでもすれば、もういけません。

幸い、私には博才(ばくさい)も度胸もなく、カジノ用にと用意していた少々のカネを使い果たしてジ・エンドとなりました。

何かの間違いで大儲けでもしてれば、ギャンブルの麻薬におかされていたかもしれません。

事実、そういう人も決して少なくはないでしょう。

 

カジノをやってるホテルから出て、ラスベガスの街を散歩でもすれば気分も変わります。

使ったお金より、費やした時間が空しくなります。

私は、同じお金と時間を使うのならと、世界の一流のエンターテインメントのはしごをしました。

これはすごい。想像を超える楽しさです。

アメリカは世界一のショービジネスの国だと実感したものです。

その後いくつかの国でショービジネスに接しましたが、この印象は今も変わっていません。

 

あれ以来、外国を訪れた際、カジノのある所へ行ってもやろうとは思わなくなりました。

カジノは本当の意味で人間を幸福にするのでしょうか。

 

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昨年訪れたアメリカのダラス・フォートワース空港にて

カジノ法案

いよいよ世も末か、との感を抱いています。

統合型リゾート(IR;Integrated Resort)法案などともっともらしい名前が付いていますが、要は日本にもカジノを作ろうという法案です。

刑法上の賭博罪に該当し禁じられていることを、国が大っぴらに認めようということですから大変なことなのですが、これが自民党と日本維新の会によって拙速に進められようとしています。

自民党に付き合ってきた公明党も、さすがにこればかりは上意下達による一致団結といういつものスタイルではなく、各議員の判断に委ねることととしました。

 

事の進め方は最近の自民党の目に余る強行採決の一環によるもので、それ自体、数の傲りを如実に現した点で問題です。

国会の中でも、外でも、議論を尽くしたと言える状況にはありません。

ましてや、大阪でもカジノを導入したいという維新勢の協力を取り付けて憲法改正を進めたいという党利党略が透けて見える点でも、呆れた所業です。

しかし、それ以上に問題なのは、そもそもカジノが必要なのかということです。

 

もちろんその他にも、競輪や競艇、オートレースなどギャンブルは既に存在していますが、スポーツ性などそれぞれそれなりに理屈があります。

しかし、射幸心を煽る賭博そのものであるカジノがこの上さらに必要なのでしょうか。

地域経済の振興がお題目となっているようですが、本当にこんなことで経済は活性化するでしょうか。

ものづくりニッポンが、ギャンブルによって栄えるのでしょうか。

これにより持続的発展が可能とは到底思えないのです。

 

カジノを巡る議論は今に始まったことではありません。

自治体の判断により運営される面も大きいので、以前から地方行政でも話題としては取り上げられていました。

かつて私が出席した全国知事会議でも賛否両論分かれたところです。

今でも、反対を唱えるある県の知事が言われた言葉が耳に残っています。

「そこまで落ちぶれたくはない」

地方にも矜持があります。

 

世界に目を向ければ、アメリカをはじめカジノを認めている国が多いのも事実です。

しかし、他国がやっても日本はやらないという選択があってもいいのではないでしょうか。

そこに日本の国柄をみて欲しいと思うのは私だけでしょうか。

経済のためなら何でもやる国になってしまうのか、という思いは拭えません。

 

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お台場・ヴィーナスフォートにて

「掃除と経営」

私も顧問として参加させていただいている「古典学習陶冶会」の例会で読んでいる本をご紹介します。

大森信著「掃除と経営」です。

副題は「歴史と理論から『効用』を読み解く」。

著者は日本大学経済学部教授であり、文字通り、経営における掃除の効用について論じてあります。

 

帯のところには次のようにあります。

「目には見えないけれども大切なこと。

本田宗一郎、松下幸之助ら『日本の名経営者』はなぜ掃除や整理整頓を大事にしてきたのか。」

 

私は次の点が印象に残りました。

「特定の思想や理屈を共有するような『思想連帯』よりも、特定の行動を互いに共有する『活動連帯』の方が日本企業には有効ではないか」

ものの考え方を百回説くより、同じ行動を一緒にとらせることの方が、より効果的であるということですが、確かにそういう面はあるでしょうね。

宗教的な背景が弱いことも関係しているでしょうし、逆に農耕民族のDNAが協調的同一行動により馴染むということもあるでしょう。

いずれにしても、この本により、改めて掃除や整理整頓の意義を経営学的視点から考えてみることができます。

 

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美しい暖簾

昨日のブログの最後で、原作者は新田次郎とご紹介しました。

ご本人は今から36年前の1980年に67歳で亡くなられていますが、つい先日、11月15日に奥様の藤原ていさんが逝去されました。

98歳でした。

80歳を過ぎた頃から認知症を発症されたようです。

戦後、満州からの命懸けの引き揚げについて、「流れる星は生きている」を書かれました。

この時、一緒にいた次男が数学者でエッセイストの藤原正彦氏です。

ご冥福をお祈りします。

 

さて、前橋にある登鮨(のぼりずし)は、私がお世話になっているお寿司屋さんです。

良心的な価格で、美味しいお寿司を食べさせていただけます。

 

店先に下がる暖簾が、実に美しいと感じました。

浅黄色の上品な地の色に、えんじの色で染め抜かれた家紋と文字。

配置も絶妙です。

「鮨」の文字に末広がりの八を含んだ、安定感のある味わいのある書。

その美しさにしばし見惚れていました。

 

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「劔岳 点の記」

見逃した映画を観ることができるとうれしいものです。

この映画もそうでした。

 

2009年に公開された、北アルプスの立山連峰を舞台にした邦画です。

1906年(明治39年)、参謀本部陸地測量部の測量官に未踏峰とされてきた剱岳への登頂と測量の命令が下ります。

それは日本地図最後の空白地帯を埋めるという重要かつ困難を極める任務でした。

山麓の山案内人とともに測量に挑んだ男たちは、山岳信仰から剱岳を畏怖する地元住民の反発、ガレ場だらけの切り立った尾根と悪天候・雪崩などの厳しい自然環境、日本山岳会との登頂争い、そして未発達な測量技術と登山装備など、様々な困難と戦いながら測量を行います。

こうした地道な努力があってこそ今日があるのだと気付かされます。

誰かが最初に行ったのですね。

頭が下がります。

 

この映画は、当時、富山県教育委員会が教育映画に選定し、県内小・中学校や高校での鑑賞会も実施したそうです。

それだけに内容的にはあまりにも真っ当すぎて、人間ドラマとしては今ひとつかなとも感じましたが、それを補って余りある立山の美しさに引き込まれて最後まで観てしまいます。

空撮やCG処理に頼らない長期ロケの成果でしょう。

よく撮ったなあと思います。

先月、国際会議で訪れた富山市から望む立山連峰の美しさと重ね合わせると、一入の思いがします。

 

今頃は、立山もすっかり雪を冠っていることでしょう。

美しい自然は、厳しくもあります。

つい先日も、立山で東京工業大学の学生が雪崩に巻き込まれました。

 

なお、この映画の原作は新田次郎です。

 

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富山の風景

五輪の闇

東京五輪の4者協議の冒頭部分が公開されたことにより、闇の一端が明らかにされました。

会場や経費など、今更ながらの議論が繰り広げられたところです。

今まで如何に、国、五輪委員会、東京都の3者が、なあなあの関係で進めて来たか、ということでしょう。

こうしたビッグイベントには利権がつきものですが、一体、どれだけの利権が動いているのだろうと思わせるに十分過ぎるやり取りでした。

 

それにしてもスポーツ団体は、ここぞとばかりに要求してきますね。

この機に乗じてもっといい施設をということでしょう。

県の予算はもっと小規模ですが、予算要求の時は似たようなことがあります。

スポーツ団体と議員など政治家は意外に結びつきやすく、持ちつ持たれつの関係になりがちなのです。

そういう意味では立派な(?) 圧力団体と言えます。

 

納税者からすればどれだけカネがかかるのか、不安と不満を感じてもおかしくない状況です。

 

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ゆりかもめ・竹芝桟橋近く

棋士・升田幸三

映画「聖の青春」を観て、思い出したことがあります。

鬼才と言われた棋士、故升田幸三のことです。

 

升田 幸三(ますだ こうぞう、1918年3月21日 – 1991年4月5日)は、実力制第4代名人。

29歳で夭折した村山聖とは異なり、73歳で没しました。

広島県双三郡三良坂町(現三次市)生まれ。

全盛期にはタイトルを独占し史上初の「三冠王」となるなど輝かしい戦績はもちろんですが、その独創的な指し手、キャラクター、数々の逸話は、将棋界の歴史を語る上で欠かすことができないと言われています。

 

升田幸三自身の手になる「名人に香車を引いた男 : 升田幸三自伝」は、私が読んだ自伝の中では、最も面白いと思ったものの一つです。

既成の定跡にとらわれない「新手一生」を掲げ、文字通り生涯を通じて新手を追求しました。

自伝が面白いのは、その生き方や考え方が独創的であるからだと思います。

心の時間とビジネス弔問

過日、前橋でお世話になっている方の奥様が逝去され、通夜に参列しました。

亡くなられた奥様もよく存じ上げているだけに、寂しさがつのります。

会場入り口に掲げられた思い出の写真の数々を拝見しながら、在りし日の故人に思いを馳せ、ご冥福をお祈りしました。

 

通夜や葬儀とは本来、故人やご遺族のことを思いながら、お別れをする大切な「心の時間」なのだと思います。

ところが、実際には、故人を偲ぶためではなく生きている遺族との関係で、義理を欠かないために参列することが多いのではないでしょうか。

特に、何らかの役職に就いている人間はそういう傾向が強くなります。

政治家などはその最たるものです。

私もかつてはそうでした。

「心の時間」とはほど遠い「ビジネス弔問」と呼んでいいでしょう。

 

それをまた、有り難がる遺族がいることも否定できません。

わざわざ「エライ人」用に前方に特別席が用意されていることもよくあり、私などはそこに座ることに抵抗を覚えたものです。

会葬者に比して座席が不足して立っている人がいる時、前方に案内されるのは本当に嫌でした。

葬祭場の係員も心得た風で、当然のごとく導き案内するのです。

 

こうして、通夜や葬儀のはしごまで出現することとなります。

特に、地方においてはその傾向が強く、祝儀はともかく不祝儀に顔を出さないとは何事だという無言の圧力が働きます。

群馬などは極めて義理堅い風土で、他地域と比較しても不祝儀に参加する人が多いようです。

葬祭ビジネスも発達することになります。

参加する側も、不祝儀があるからとなれば、仕事そっちのけで、というより仕事よりもずっと大切だという感覚で駆けつけることとなります。

そこには、保守的風土にありがちな無形の共同体的規制が作用していることは否定できないでしょう。

 

ともあれ、その日の通夜においては、しばし心の時間を持つことができ、感謝の念を込めてお別れをすることができました。

 

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夏、浅間牧場にて