開き直り爆弾

人間、開き直った時ほど強いものはありません。

自爆テロなどはその極致でしょう。

死なばもろとも。

自分だけが死するのは納得がいかない。

これまでいい時はちやほやし、まずいとなれば逃げ出す卑怯な者達に一撃を、そんな思いもあったのかもしれません。

異例の証人喚問であり、安倍首相サイドも、自公の与党側も、想定外の事態が起きたと言わざるを得ません。

 

事の是非は別にして、学校建設の夢を絶たれた一人の男が開き直ることによって、本来、闇に葬るべき話が白日のもとに曝け出されることとなりました。

安倍サイドも慌てたことでしょう。

経済産業省から官邸に出向し、首相夫人付きを務めていた若手の女性官僚の実名まで出された上、財務省の担当室長のこれまた実名入りで、詳細なやり取りが明らかにされたのです。

これまで首相夫人を「私人」としてきた官邸サイドの狼狽ぶりは、菅官房長官の記者会見にもよく現れています。

結果として先方の希望通りになっていないのだから問題ないだろうということですが、これは強弁です。

そこが問題なのではなく、首相夫人がやはり関与していて、国家公務員を使って行政とコンタクトしていた点が問題なのです。

これは一個人では決してできることではありません。

旦那が権力の頂点にあるからこそ可能であり、その意味ではこの場合は女房と言えどもやはり「公人」なのです。

 

そうした立場を時によっては享受し、一方では夫人だから職務権限のある者とは異なるとするのは、ご都合主義の最たるものです。

事実、この夫人付きの女性官僚からの財務省への問い合わせの後、学校建設側に有利なように事態は動き出しています。

トップの配偶者としての自覚が足りないと言われればそれまでですが、さてトップの方はそれでいいのか。

もう一度、私が去る3月2日付のブログで書いた言葉を用いなければなりません。

「修身斉家治国平天下」(しゅうしんせいかちこくへいてんか)

家をおさめられない者に、国や天下を治めることはできません。

与党サイドはこの問題の押さえ込みに必死でしょうが、さて、先の証言は事実と異なるとしてたとえ女房であっても証人喚問に差し出すのか、それとも事実をこれ以上明らかにしたくないとして潔く自らが退くのか、安倍首相の政治家としての基本姿勢が問われています。

 

今回の一件が、安倍一強政権を吹き飛ばす爆弾になるのかならないのか。

いずれにしても余震は続きます。

教皇宮殿

世界遺産であるアヴィニヨンの「教皇宮殿」の中も見学して来ました。

教皇宮殿は、かつてアヴィニヨンに教皇庁が置かれていた時に建造された宮殿です。

その後のフランス革命期の略奪によって、内装は寂しいものとなってしまいましたが、現存するヨーロッパの中世ゴシック様式建築物のなかでは最大級を誇る重要なものです。

 

現在は国営のミュージアムとして修復が行われており、このように大部分は一般公開されているのですが、長い年月の破壊と略奪の結果、最盛期の様子を伝える当時の調度品などのほとんどが散逸してしまっているのが残念です。

なお1947年以降は、毎年開催されているアヴィニョン演劇祭のメイン会場となっています。

 

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アヴィニヨン

南フランスにあるアヴィニヨンは、陽光に包まれていました。

比較的北にあるパリとは、大きく異なっています。

気候はもちろん、街の規模も。

人口も9万人くらいです。

 

そのアヴィニヨンは、歴史的には重要な役割を果してきました。

現在も往時の城壁がそのまま残り、街を囲んでいます。

特に、アヴィニヨン捕囚(ほしゅう)は歴史上、特筆される出来事です。

これは、キリスト教のカトリック・ローマ教皇の座が、ローマからアヴィニヨンに移されていた時期(1309年 – 1377年)を指します。

古代のバビロン捕囚になぞらえ、教皇のバビロン捕囚とも呼ばれました。

1309年にクレメンス5世がアヴィニヨンに居を定めて以来、1377年にグレゴリウス11世がローマに戻るまで、7代69年間にわたって「捕囚」が続くことになります。

この間、事実上の「キリスト教界の首都」となったアヴィニヨンには、今も教皇庁宮殿や大司教館など当時の建築が数多く残り、そのあたりの地区はアヴィニヨン歴史地区として「世界遺産」に登録されています。

パリ リヨン駅

パリのシャルルドゴール空港に早朝に到着し、パリ市内の南東にあるリヨン駅に向かいます。

リヨン駅はパリ市内から南東に向かう列車のターミナルであり、ここから、南仏アヴィニヨンまでの列車、TGVも出るからです。

パリからアヴィニヨンまでは、日本の新幹線に相当するTGVで、およそ2時間半です。

なお、パリ市内には、この他、サンラザール駅、北駅、東駅、モンパルナス駅など、行き先によって違う7つの国鉄駅があるので、乗る駅を間違えないようにしなければなりません。

 

リヨン駅に着くと、アヴィニヨン行きのTGVの発車時間までまだかなりあったので、駅構内のカフェに入りました。

ジャズのライブも行われるカフェでしたが、カフェ・クレームと一緒に食べたクロワッサンの美味しかったこと!

フランスで食べるクロワッサンはどうしてこんなにも美味しいのかと不思議に思うほどです。

日本では、そんなに好んでクロワッサンを食べるわけではない私までが、魅了される美味しさです。

 

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TGV

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早朝から多くの人が行き交います

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フランスの発車ホームは出発15分前頃にならないと発表されないので、この電光掲示板でホームの番号を確認しなければなりません

羽田発パリ行き

ここのところ、毎年この時期は、フランスへ行きます。

今年はパリの他、南フランスの古き街、アヴィニヨンも訪れました。

 

成田発着便で行くことが多いのですが、今年は往復とも羽田空港を利用。

都心から近い分だけ便利です。

行きが13時間、帰りが12時間。

決して近いとは言えないだけに、機内で過ごす時間は大切です。

仕事を控えた行きは、できるだけ睡眠を取るようにしています。

羽田を真夜中のエールフランス便で出ると、パリには早朝の5時頃には着きます。

時間の有効活用はできますが、フランスでの初日は長い一日となります。

 

1週間の滞在を終えた帰りも、パリ発はやはり深夜。

羽田到着は、夜の7時過ぎです。

 

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羽田空港国際便ターミナル

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日本の象徴、桜が迎えてくれます

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日本情緒を感じさせてくれる演出です

「奇跡の人」

「奇跡の人」と言えば、思い出すのはヘレン・ケラーです。

まだ幼い頃、アメリカ映画「奇跡の人」を観たことを、おぼろげながら覚えています。

それでも、サリヴァン先生の演技は記憶に残っています。

 

その「奇跡の人」の舞台を日本に置き換えた上、ラブストーリーやその他の要素を盛り込んで、NHK衛星放送がテレビドラマにしました。

昨年のことです。

今回、NHK地上波の深夜枠を使って、全8話が3夜に分けて放映をされ、幸運にも私も観ることができました。

幸運にもと言うのは、たまたま第1話の最初から観ることができたからです。

これも一つの出会いだと思います。

後は第8話まで引き込まれるように観ました。

実に良質のドラマでした。

平成28年度の文化庁芸術祭の大賞を受賞したことも頷けます。

 

こうした障がい者を題材にした作品は難しい面もあるのですが、よく練られていて、実に自然な形で観る者の心に入ってきます。

出来ないことを数えるのではなく、出来ることを数えること。

学ぶペースは人それぞれであり、急がず、決して焦らないこと。

信頼に基づいた愛情が大切であること。

一途であること。

人は自分だけで生きる存在ではなく、自分と自分を取り巻く世界の認識から全ては始まること。

こうしたことは、障がいの問題に限らず、生きることに共通する課題です。

これらすべてが、「生きる喜び」というテーマにつながっていくのです。

 

ドラマはフィクションです。

でも、教えてくれると思います。

人間と、人間の作る世の中の、可能性を。

そして、人間が最もwonderに満ちた存在であり、この世は生きるに値するwonderlandであることを。

尾道という舞台・映画

尾道を舞台にした映画で真っ先に浮かぶのは、「東京物語」です。

小津安二郎監督の名作です。

 

尾道に暮らす年老いた両親の姿から映画は始まります。

その老夫婦が、東京に住む子供たちを訪ねて上京することとなります。

尾道と東京を舞台にしながら、家族の絆や夫婦と親子、老いと死などが描かれます。

終戦後8年、今から64年前の1953年に公開されたモノクロ映画でありながら、今も何ら色褪せることなく、人間の真実を伝えています。

私にとっては、学生時代、東京銀座にあった名画を上映する並木座で観て以来、今もなお、ナンバーワンの映画です。

並木座は今から19年前に閉館となりましたが、この映画は不朽の名作として残っていくことでしょう。

出演は、笠智衆、東山千栄子、原節子、杉村春子、山村聡、三宅邦子、香川京子、東野英治郎、大坂志郎、中村伸郎、十朱久雄、長岡輝子など。

どの演技も光ります。

 

時代は下って、今や「尾道三部作」と言われる1980年代の大林宣彦監督の作品群。

「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」は、それぞれ、小林聡美、原田知世、富田靖子の主演女優の演技とともに、印象に残ります。

大林監督は尾道北高校卒業まで尾道で生まれ育ち、現在79歳。

ファンによるロケ地巡りも人気のようです。

こうして、尾道という街の魅力が、名作を生み出しています。

 

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尾道という舞台・小説

尾道は小説や映画の舞台としても、優れているようです。

 

最近はテレビのCMでも、美しい尾道水道が出て来て、そこに小説の一節が流れます。

林芙美子の「放浪記」です。

「海が見えた。

海が見える。

五年振りに見る尾道の海はなつかしい。」

 

尾道の町並みを眼下に見下ろす場所、それが千光寺山です。

そこの千光寺公園は、桜の名所としても知られています。

山頂から、よく整備された「文学のこみち」を歩くと、木々の合間から、絵画のような瀬戸内海の風景に出合うことができます。

そこに、よく知られた上記の林芙美子の「放浪記」の一節を刻んだ文学碑もあります。

 

林芙美子は貧しい生い立ちだったようです。

九州に生まれ、各地を転々としましたが、13歳から高等女学校を出るまでの約6年間をこの地で過ごしました。

市立尾道小学校、現在の尾道市立土堂小学校を2年遅れで卒業した後、尾道市立高等女学校、現在の広島県立尾道東高等学校に進みます。

尾道では友人にも恵まれ、後年もしばしば”帰郷”しています。

「私は宿命的に放浪者である」と語る芙美子にとって、多感な少女時代を過ごした尾道は故郷と呼べる特別な地だったことでしょう。

その思いがこの一節にもよく表れています。

短いですが、名文です。

47歳で他界していますが、生前、色紙への揮毫を頼まれると好んで書いたのが、『花の命は短くて苦しきことのみ多かりき』でした。

 

尾道を舞台にした小説をもう一作挙げるとすれば、志賀直哉の「暗夜行路」(あんやこうろ)です。

短編小説の名手であり、優れた文章力で「小説の神様」とも言われた志賀直哉ですが、この小説での尾道の描写を読むと、さすがと思わせられます。

これが、志賀の唯一の長編小説です。

 

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尾道駅から福山駅へ

東京経由で群馬へ向かうため、尾道駅から福山駅へ出て、そこから新幹線に乗りました。

尾道にも、在来線から少し離れていますが新尾道駅という新幹線の駅があります。

ただ、福山からだと、最も早い「のぞみ」にも乗ることができるのです。

 

新幹線に乗り込んでから、尾道の海沿いのホテルでもらったペットボトルの水を飲みました。

何気なく後ろの標示を見ると、何と群馬県嬬恋村干俣と書いてあります!

これから私が帰ろうとする群馬の水でした。

それだけ群馬の水は美味しいということなのでしょう。

 

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尾道駅

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尾道城

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福山城

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福山駅にて

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尾道で群馬の水に出合う

政権リスク

海外から日本に帰って来て何が嫌かと言うと、政治報道に接することです。

いい加減なことが多過ぎますね。

 

稲田朋美・防衛大臣はかねてより安倍総理の寵愛著しいと言われていますが、人的側面から見れば、今や政権が抱える最大のリスクと言ってよいでしょう。

防衛について詳しくないからというだけでなく、そもそも政治家としての資質に問題があるようです。

「綸言汗の如し」とは特に政治家が肝に銘じなければならないことですが、この政治家は言葉が軽過ぎますね。

弁護士の持つ悪い一側面かもしれませんが、その場を言葉で取り繕って何とか切り抜けようという、三百代言の癖が見て取れます。

信頼感を得るにはほど遠い状況ですが、「信なくば立たず」と言われるように、信頼は本来は政治家にとって一番大切な要素のはずです。

 

稲田大臣を擁護する側から見れば、いじめる奴らが悪いんだ、ともみちゃんが可哀想だ、といったところでしょう。

安倍総理の心理も、案外、そんなところかもしれません。

出来の悪い子ほどかわいいというのは、一面の真理なのでしょう。