桐生のうなぎ

桐生市に仕事で出かけました。

東京から来る方2人と桐生駅で合流しました。

 

お昼の時間でしたので、「泉新」へ。

泉新(いづしん)は、創業「天保元年」(1830年)のうなぎ屋です。

店構えも「老舗」らしい佇まいで、歴史と風格を感じます。

現在は「6代目」。

 

味の方は、初めてここで食べた方2人が絶賛されていました。

喜んでもらえるとご紹介した甲斐があるというものです。

 

食べ終わって駐車場で雑談をしていたら、「暑いでしょう」とおかみさんが缶コーヒーをプレゼントしてくれました。

創業して190年近い歴史のある老舗でありながら、お高くとまっていないこの気安さが、群馬の良さなのだと思います。

ごちそうさまでした。

 

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カミナリとアート

「雷と空風 義理人情」

群馬県の郷土文化である「上毛かるた」の一つです。

「らいとからっかぜ ぎりにんじょう」 と読みます。

群馬県は昔から大変に落「雷」の多い地域であり、もう一つの特徴である「からっ風」とともに詠み込んでいます。

 

その群馬のカミナリに注目し、アートの世界での表現に的を絞った企画展が、今、県立館林美術館で開かれています。

このお盆休みに訪れてみました。

地域を特徴づける「雷」というテーマから、幅広い美術作品を楽しむ機会となっています。

切り口がいいですね。

センスを感じます。

 

一方的に鑑賞するだけでなく、観る者が参加できる体験型のコーナーもあり、工夫が凝らされています。

美術館周辺の環境も素晴らしく、よく手入れがされており、訪れることが楽しくなります。

群馬県が自慢できるものの一つだと私は思っています。

 

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高校野球

夏の甲子園も盛り上がりを見せています。

昨日でベスト8が出そろいましたが、強豪同士がぶつかるゲームが多く、このあたりの試合が一番見ごたえがあるのではないかと思います。

 

昨日の第1試合である済美(愛媛) vs盛岡大付(岩手)は、延長までもつれこんでの試合を盛岡大付が制しました。

両チームから満塁ホームランが飛び出しましたが、大会史上初とのことです。

第2試合は前橋育英(群馬) が花咲徳栄(埼玉)に敗れ、悔しい思いをしましたが、好ゲームを残した今大会は群馬代表の強さを印象付けたのではないかと思います。

第3試合は聖光学院(福島) が広陵(広島)に敗れました。

広陵のキャッチャーはこの試合の9回決勝ツーランも含め、4本塁打と驚異的な高打率で注目されています。

第4試合に登場した大阪桐蔭(大阪)は春夏連覇を狙っての登場でしたが、 仙台育英(宮城)にサヨナラ負け。

9回裏はまさにドラマティックな展開でした。

これも野球だなとの思いを深くしました。

 

今日の準々決勝は、次の通り。

第1試合:三本松(香川) – 東海大菅生(西東京)
第2試合:天理(奈良) – 明豊(大分)
第3試合:広陵(広島) – 仙台育英(宮城)
第4試合:盛岡大付(岩手) – 花咲徳栄(埼玉)

高校球児の健闘を祈ります。

国立演芸場

ある暑い日、国立演芸場へ落語を聴きに行って来ました。

国立演芸場は最高裁判所のすぐ隣にあります。

 

入船亭扇遊・扇好・扇辰の3人による、題して「兄弟盃の会」。

3人は、いずれも故・入船亭扇橋(9代目)の弟子にあたります。

 

時々、寄席をのぞくことがありますが、正直、「はずれ」もあります。

しかし、今回は、それぞれの持ち味を生かして聴かせてくれました。

話芸という日本の誇る伝統芸能の力を実感することのできた一夜でした。

 

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入船亭扇辰・「藁人形」 扇遊・「試し酒」 扇好・「船徳」

生きるための学び

古典学習陶冶会の群馬県支部の例会に出席しました。

会場は高崎です。

古典学習陶冶会の佐々木会長には、わざわざ高崎までお越しいただきました。

有り難いことです。

 

私にとっては、この会は雑事を離れて古典の世界に入ることができる貴重な機会です。

かと言って、日頃は仕事のせいにしてなかなか参加できずにいます。

「論語」を素読したり、「方丈記」の一節を音読することで、心構えが基本に戻っていく気がします。

 

古典を学ぶ目的は二つ。

一つは、人生をどう生きるか。

もう一つは、人間とは何ぞや。

人として生きるための学びこそ、本当の学問だと思います。

 

「知識」が単なる知識に留まらず、そこに経験が加わった「見識」となり、さらには風格さえにじみ出る肚の座った「胆識」(たんしき)になっていかなければなりません。

古典の味わいがわかるには、ある程度の人生経験も必要だと思います。

樺太地上戦

今回の終戦記念日前後のNHKの番組では、その取材力に感心しながら観ていました。

「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」もその一つです。

 

終戦の8月15日以降も、樺太では戦争が継続していた事実を明らかにした番組です。

南樺太を死守せよという命令が出されるとともに、停電のため一般住民には終戦の事実も知らされていませんでした。

終戦後なお北海道の支配を狙うソビエト軍の進攻により、結果として5,000人以上の犠牲者を出したとされています。

 

当時は、住民を槍で戦わせようとする国民義勇戦構想がありました。

一般市民を犠牲にしながらも、時間稼ぎになるからという理由です。

しかも「玉砕」という名の下に、要は全員が戦死するまでという、作戦とも言えない幼稚で無謀なアイディアです。

日本は、兵隊はともかく、将校は愚かだったと、認めざるを得ません。

 

終戦後7日間の悲劇として、ソビエト兵の進駐によって絶望のあまり自決する日本人が取り上げられています。

その日本人を置き去りにする日本軍。

いざとなれば国家は国民を守ってくれないということも、一面の真理として認めざるを得ないと思います。

その悲劇の中で、自らの使命を全うして、与えられていた青酸カリを飲んで自決した電話交換手の若い女性たち。

いつだって、純粋で弱き者たちが犠牲になるのです。

 

こうした事実も、まだ戦争体験者が居てくれるから明らかになり、裏付けも取れるのです。

その戦争の生き証人の方たちも、高齢化し、存命の方は少なくなりつつあります。

戦争を知らない世代が増えることが空恐ろしくなります。

私自身の人物評価の一つとして、戦争を知らないにもかかわらず勇ましいことを言う奴は信用できないと思っています。

知らないからこそ臆病でいたいと思います。

ミャンマーへの慰霊巡拝

子供の頃読んだ「ビルマの竪琴」(竹山道雄著)は、今でも強く印象に残っています。

2度にわたって、映画化もされた作品です。

そのビルマ、今のミャンマーに、以前、群馬県の遺族の会の方たちと、慰霊巡拝に出かけたことがあります。

アウンサンスーチー氏が復帰する前の、まだ軍事政権の頃です。

 

ミャンマーには、インパール作戦の犠牲者が眠っています。

ミャンマーからインドのインパールへ向けて進攻する作戦でしたが、日本人戦死者3万人を出し大失敗に終わりました。

特徴的なのは、うち6割が作戦中止後の撤退中に亡くなっていることです。

兵站、すなわち食料等の補給が不十分なままの作戦強行により、戦闘行為ではなく病死や餓死による死者を数多く出しました。

死屍累々の密林地帯は、白骨街道と呼ばれています。

作戦中止後に深まった悲劇 は、最も愚かで最も無謀な作戦の名に相応しいものです。

それは、敵国イギリスの戦力を余りにも軽視した報いでもありました。

失敗から学ぶ教材として、私も関連資料を読んだものです。

 

このインパール作戦を「戦慄の記録」として昨夜NHKが放映しましたが、よく取材していると感じました。

特に、責任者である牟田口司令官(中将)の姿を描き込んでいました。

戦局を判断すべき大事な場面で、戦勝祈願をしている、滑稽で、実に恐ろしいこの責任者は、戦後、77歳まで生き永らえます。

この人物に限らず、大失態を演じたインパール作戦の責任を取った者はいません。

首相であり軍人でもあった東條英機自身が、作戦失敗の事実を隠蔽しようとする姿も描き出されています。

高名な政治学者である丸山眞男氏の「無責任の体系」という言葉を思い出したところです。

 

もちろん小畑参謀長のように作戦に強く反対した者もいましたが、一方でこの作戦遂行に当たって「自らの信念」を語り出す将校もいれば、「どんなに犠牲を払ってでも続ける精神的価値があった」と言ってのける将校もいました。

ここに至っては、言うべき言葉も見つかりません。

「肉薄攻撃」と呼ばれる、爆弾を抱えて敵の戦車に飛び込むことを命じる愚かな軍幹部。

命を軽視した日本軍にとって、敗戦は必然であったという気がしてきます。

 

今日、軍事に限らず、経営や組織運営においても、ロジスティックス(兵站、補給)の重要性が指摘されています。

それを無視した結果のこの歴史的失敗を、繰り返し検証していくことが重要です。

特に、補給の問題を指摘する人間に対し、「大和魂」を持ち出して来る輩がいるこの国ではそうだと思います。

偏狭なナショナリズムの台頭を、二度と許してはなりません。

731部隊

今日は終戦記念日。

日本が戦争に負けた日であり、日本人が決して忘れてはならない日です。

 

このところ、NHKの戦争関連の番組に見入ってしまいます。

一昨日は、「731部隊の真実」でした。

日本の731部隊が中国で細菌兵器の研究を行い、そのために中国人を用いた人体実験までやっていたという事実を、ハバロフスク裁判の音声記録を用いて明らかにしていました。

一部にはこうした事実は捏造されたものとする向きもありましたが、NHKの取材力によって真実を詳らかにしたものです。

 

人体実験は、当時の日本の最高レベルの細菌学の研究者や医師によって遂行されました。

特に、軍隊と結びつくことで多額の予算を獲得しようとした、京都帝国大学医学部の教授の野心に焦点が当てられていました。

731部隊の責任者も京都帝国大学医学部の出身者でした。

こうした当時の「軍・学」連携が狂気の沙汰へ駆り立てて行くのですが、戦後、このような事実に対し、非人道的な研究はしていないと自己弁護したり、黙して語らずで逃げおおせた医学者たちの姿も容赦なく描き出されていました。

一方では良心の呵責に苛まれ、自ら命を絶った者もいます。

 

731部隊の人体実験に供された中国人は、当時、「匪賊」(ひぞく)と呼ばれていた者でした。

日本の支配に抵抗・反抗する中国人を匪賊と呼び、日本人の敵愾心を煽る、一種の世論操作が行われていました。

一方では、自国民の日本人に対し、残忍な行為に加担しなければ非国民として糾弾される恐怖も与えることで、戦争への協力を強いていたのでした。

 

それにしても、日本もよくこれだけの残忍な行為ができたものだと思います。

同時に、当時は中国人もやはり残忍なる行為をしています。

もっと言えば、無辜の一般市民を大量に殺戮し長く苦しめた原爆投下というアメリカの所業こそ、最も残忍なるものです。

つまり、こうした残忍なることは、国を問わず、起きているということです。

それは、 戦争というものに本来的に備わっている残忍さだからです。

 

「戦争って絶対するもんじゃない」

人体実験の証拠隠滅のため、死体の処理を命じられた元少年兵の言葉が胸に突き刺さります。

終戦記念日に当たり、「科学者が戦争を残酷化して来た歴史」というものを直視しつつ、未来の平和のために、何をすべきか、そして何をしてはならないのかを、考えるべきだと思います。

「カルチェラタンの雪」🎤

パリのカルチェラタンにある中世美術館のご紹介から、いきなりカラオケの話に飛びますが、先日、ある女性から私がカラオケで歌った「カルチェラタンの雪」が耳に残ってると言われました。

いい意味で耳に残っているのか、それとも耳について離れず、悪夢にうなされたのかはわかりませんが。

 

「カルチェラタンの雪」は、タイトルも季節外れで恐縮ですが、布施明の歌った曲です。

1979年12月と言いますから、もう40年近く前の曲ということになります。

抒情的でドラマチックなこの曲は、今聴いてもいいなあと思います。

もちろん歌唱力のある布施明が歌えばですが。

 

その後、実際にパリのカルチェラタンを何度か訪れる機会に恵まれましたが、古い街並みやとびきり古いレストランなども残る素敵な街です。

 

「カルチェラタンの雪」

作曲:岡本一生
作詞:門谷憲二

悪かった もう泣かせたりしない
だから はやくコートを着て
ともだちに おやすみを言って
抱き合って 家に帰ろう
寒かった 夜ひとりで寝るのは
ずっと 君を想っていて
窓をたたく 風のいたずらも
君の足音に 聞こえた
雪がふる 鐘がなる
くちづけは歩きながら
カルチェラタンの 哀しい灯りが
凍りつかないうちに

こわかった もう逢えない気がして
どんな愛にも 証しはなく
さよならは 突然にくると
僕だって 知っているから
手を貸して 火をつけたい 煙草に
通りすぎる 冬の中で
知り合った あの頃のままに
さりげなく 腕をからめて
雪がふる 鐘がなる
くちづけは歩きながら
カルチェラタンの 哀しい灯りが
凍りつかないうちに
雪がふる 鐘がなる
くちづけはあるきながら
カルチェラタンの 哀しい灯りが
凍りつかないうちに

 

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パリ カルチェラタンの夜更け

貴婦人と一角獣

パリ市内のカルチェ・ラタンにあるクリュニー中世美術館には、特に有名な作品が所蔵されています。

それは、「貴婦人と一角獣」の名前で知られる6枚のタペストリーです。

 

これらは、パリでデザインされ、15世紀末にフランドルで織られたものとみられています。

このタペストリーのテーマは不明でしたが、現在では六つの感覚を示したものとされています。

すなわち、「味覚」、「聴覚」、「視覚」、「嗅覚」、「触覚」、そして最後の一つが「我が唯一つの望み」(A mon seul désir)とされています。

「我が唯一つの望み」は謎に包まれていますが、普通「愛」や「理解」と解釈されることが多いようです。

 

六つのタペストリーは、それぞれ若い貴婦人がユニコーン(一角獣)とともにいる場面が描かれています。

他に、獅子や猿もともに描かれているものもあります。

背景は、千花模様(ミル・フルール、複雑な花や植物が一面にあしらわれた模様)が描かれ、赤い地に草花やウサギ・鳥などの小動物が一面に広がって、あたかも小宇宙を形作っているようです。

 

この作品が飾られている専用展示室は、保存上の理由から部屋の照明はかなり落とされています。

そのため、じっくり集中して鑑賞できる雰囲気です。

実物はかなり大きなものです。

実際の作品を前にすると、その不思議な魅力の虜になることでしょう。

 

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味覚

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聴覚

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視覚

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嗅覚

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触覚

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我が唯一つの望み