ハノイの美味しいもの

ベトナムのハノイでは、美味しいものをいろいろいただきました。

日本ではフォーや生春巻き、そしてバインミーなどが有名ですね。

 

バインミーはベトナムのサンドイッチです。

長さ20㎝ほどの柔らかいフランスパン(バゲット)に切り込みを入れ、バター、パテを塗り、野菜、ハーブ類、肉などをはさみ、魚醤を振り掛けますが、店によって入れるものも違うようです。

持ち運びに便利なので駅弁がわりとして新聞紙に包んでも売られているファーストフードです。

バインミーはテイクアウトすることが多いのでしょうが、作っている店の奥でも食べることができるようになっています。

 

フォー(平たいライスヌードル)やブン(ビーフンの一種)、チェ(飲むデザート)やベトナムコーヒー(深めに煎った豆にコンデンスミルクを入れて飲む)などに限らず、様々なベトナム料理にトライしてみましたが、どれも美味しく、日本人の口にも合うと思います。

ハノイ在住の私の従兄に連れて行ってもらったお店は、2軒ともとても美味しく、現地のベトナム人で大賑わいでした。

地ビールも良かったです。

 

最も感動したのは、フランス料理の美味しさです。

ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイという歴史あるホテルのフレンチレストランは、私の中では最も記憶に残る味となりました。

前菜もスープもメインも、そしてデザートも。

絶品と聞いていたオニオングラタンスープは、評判に違わぬ味でした。

デザートにはクレープを注文しましたが、テーブルに来て作ってくれました。

フランスはベトナムの食文化に大きな遺産をのこしてくれたようです。

 

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多くのベトナム人で賑わうレストラン

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ベトナムの地ビール

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ホアンキエム湖を見下ろすオープンテラスにて

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ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイのフレンチレストランにて

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クレープを焼いてくれた彼女曰く「今日のクレープは自分としては最もよくできました!」

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都会のオアシス

東京の品川の変貌ぶりは著しいものがあります。

東海道新幹線の駅ができ、JRの投資もあり、周辺の開発も進んでいます。

人や車の往来も激しく、昔日をご存知の方なら、隔世の感をお持ちになるのではないでしょうか。

 

先日、その品川のホテルで人とお会いすることがありました。

約束の時間より早く着いたので、ホテルの庭を散策してみました。

みずみずしい緑と季節の紫陽花など、一服の清涼剤のような、都会のオアシスに出合うことが出来ました。

これも、一つの「幸せのおまけ」でしょう。

 

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仕事と記憶

先日、あるジャーナリストの方から取材の申し込みがありまして、お会いして来ました。

私がまだ公務員をしていた頃、群馬県庁の幹部としての体験などについてです。

その方の著作はいくつか読んだことがありましたので、お会いすることも楽しみでした。

予想通り、実に楽しい時間で、取材時間はあっという間に過ぎて行きました。

その方の問題意識が明確で、質問が的を射ているからだと感じました。

 

自分でも少し驚いたのは、当時の群馬県幹部時代の記憶がかなり明確であったことです。

県議時代からはまだ10年経っていませんが、25年くらい前の県庁時代のこともよく覚えていました。

これは私に限らず、誰でもそうなのだと思いますが、一生懸命取り組んだ仕事は、よく記憶に残っているということでしょう。

 

ともあれ、今回の取材が、歴史に違う角度から光を当て、真実を浮かび上がらせることに少しでも貢献できれば、これに過ぐる喜びはありません。

 

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春、東京・向島百花園

複合世界遺産 チャンアン

古都ホアルーから、次に向かったのはチャンアンです。

2014年、ベトナム北部に位置するニンビン(Ninh Binh)に、世界遺産「チャンアンの景観複合体」が登録されました。

世界遺産は文化遺産と自然遺産に分類されますが、チャンアンの複合遺産は両方を兼ね備えたものになります。

チャンアンでは小さな手漕ぎ舟で水墨画のような風景がのんびり楽しめ、同じ世界遺産でも海のハロン湾とはまた違ったローカル感を味わうことができます。

 

古都ホアルーから再びバスに乗ると、ほどなくしてチャンアンに着きました。

ベトナム料理のレストランで昼食をとった後、女性の船頭さんによる手漕ぎの小さな4人乗りボートに乗り込むと、そこから約3時間の旅が始まりました。

ベトナムの女性はたくましく、実に働き者です。

川の両側に迫る奇岩・奇勝に目を奪われながら川風に吹かれていると、ボートは女性船頭さんの巧みな櫂さばきで、狭い洞穴の中も潜り抜けて行きます。

ところどころ、お寺も姿を現します。

 

たまに島に上陸もしますが、かなりの長時間、漕ぎ続けることになるので、船頭さんは大変です。

お客用のオールも用意されているので、私も時々それを使って加勢しましたが、なかなかどうしてきついものです。

周りのボートを見ると、足でオールを使って漕いでいる船頭さんもいました。

これはこれで巧みの技ではあります。

 

最後に上陸したのが、今年の3月に公開された映画「キングコング:髑髏島の巨神」のロケ地でした。

映画の舞台として設定されているのは、南太平洋に浮かぶ神秘の島「髑髏島」となっていますが、実際はここでのロケでした。

神話の中だけに存在すると思われていた島が実際にあることが分かり、遠征隊が派遣され、驚異と危険に満ちた楽園で壮絶な闘いが展開されるというストーリーで、このロケ地では、映画のセットとともに現地の方がそれらしい恰好で迎えてくれます。

こういうことを誰がやらせてるのかわかりませんが、私は正直、あまりいい趣味だとは思いませんでした。

 

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チャンアンの川下り

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映画「キングコング」のロケ地

獣医学部新設は全国展開へ?

「加計学園」問題で信頼を失いつつある安倍総理は、問題のすり替えと開き直りによって事態を打開することにしたようです。

 

産経新聞を愛する読者の会である「正論」懇話会で、神戸で講演した安倍首相。

その講演の中で、「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設について、公正なプロセスで決定したことを強調した上で、「(理事長が)私の友人だから認めてくれという訳の分からない意向がまかり通る余地など全くない」と自らの関与を重ねて否定するとともに、「獣医の育成は喫緊の課題だ。今治市に限定する必要は全くない。速やかに全国展開を目指したい」とも述べました。

「獣医の育成は喫緊の課題」と安倍首相に突然言われても、唐突の感は免れません。

生活実感としてもさほど痛痒を感じていませんし、事実、一部の大学では定員割れも起こしている中、この半世紀、獣医学部の新設はありませんでした。

安倍首相とすれば、今治の加計学園を認めるためには、ここだけではなく全国にも展開するのだと言うことにしたのでしょう。

疑惑の対象だから止めることにしたというのでは、学部新設工事が中途になり、30年来の友人である加計理事長に多大な損害を与えることになってしまいます。

それでは森友学園の籠池前理事長の二の舞です。

籠池氏は昭恵夫人を利用しようとしただけだからどうなってもいいけれど、加計さんの場合はそういうわけにもいかない、というのが偽らざる心境でしょう。

 

一方で、首相は岩盤規制改革の意義を強調してもいます。

「昔ながらの規制や制度を守り続けてきた人は自分たちの世界がゆがめられたと感じるかもしれない」と述べ、「行政がゆがめられた」と官邸批判を続ける前川喜平前文部科学次官を暗に批判しました。

さらに、加計学園の獣医学部新設を構造改革特区の俎上に乗せたのは民主党(現民進党)政権だったと指摘。

民進党が国家戦略特区廃止法案を国会提出したことについて「政権批判に利用できるとなると手のひらを返す。政治主導の改革を訴えていた民進党が抵抗勢力の側にまわり、既得権と手を結んだとすれば残念でならない」と述べています。

前川氏や民進党を攻撃することで、自分に向けられた矛先を変えようとしています。

今、国民が不信感を抱いているのは、公平公正であるべき政治が歪められているという点です。

こうしたまやかしの理屈で、どれだけの人を欺くことができると思っているのでしょうか。

正面から疑惑に答えない限り、尾を引くと思います。

「信なくば立たず」という言葉を一層、重く感じるこの頃です。

 

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ベトナム・ハノイのノイバイ国際空港

古都ホアルー

ハノイから日帰りの遠出をしました。

目指したのはチャンアンでしたが、向かう途中に、古都ホアルーに寄りました。

古都ホアルーは、2014年に登録された世界遺産「チャンアンの景観複合体」に含まれています。

周辺には、複雑な奇岩とその合間を流れる川や池のほとりに、生活を営む人々の村が点在しており、自然と歴史、人々の生活が溶け込んだ世界遺産と言えるでしょう。

 

ニンビン省に位置する古都ホアルーは、ハノイの100Km南にあります。

この街は、10世紀の終わりに首都が置かれた場所です。

いくつかの墓や遺跡は戦争の被害にあうことなく保たれており、ベトナムの重要文化財に指定されています。

その当時の中国王朝による支配から脱し、968年にベトナム初の王朝を建国したのが丁朝(ディンチョウ)ですが、その首都は、せり立つ数々の岩山を自然の城塞とし、豊かな自然と水に囲まれた美しい地、ホアルー(Hoa Lu)に置かれました。

1010年にハノイ(旧名称タン・ロン)へ遷都されるまでの40年ほどの短い間ではありましたが、法整備や軍事強化などベトナム国家の礎を築きあげました。

現在見られる古都ホアルーの遺構は、17世紀に再建された初代皇帝ディン・ティエンホアン(Dinh Tien Hoan)と、2代皇帝レー・ダイハイン(Le Dai Hanh)の霊廟です。

香が立ち込める霊廟内には、皇帝の座像が安置されています。

 

こういう所へ来ると、いつも思い出す句です。

「夏草や 兵どもが 夢の跡」

芭蕉

 

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新しく造られた城門

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広がるのどかな風景

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昔からの門

ベトナム女性博物館

ハノイにあるベトナム女性博物館を訪れました。

ホアンキエム湖からもそう遠くない一角にあります。

ベトナム女性博物館は文字通り女性をテーマにした博物館であり、常設展示では本館の2階から4階にかけて1,000点を越える資料や写真が展示されています。

ベトナム女性が果たした役割を、歴史、アート、家庭生活など様々なテーマから紹介しています。

それにしても、女性にテーマを絞った博物館は珍しいと思います。

 

ベトナムは苦難の歴史を歩んで来ました。

紀元前218年には中国を統一した大国・秦の侵略があり、6年の戦いの後、秦を撤退させましたが、この戦いから1979年に行われた中越戦争までの間、苦難の歴史が続くのです。

古代期から中国各王朝との戦いがあり、モンゴルの侵攻からの3度に渡る戦いなどに悩まされました。

その後、ベトナムの植民地化を図るフランスと当時ベトナム中北部を支配していた阮朝の間でコーチシナ戦争が勃発しました。

そのフランス植民地から独立するためのインドシナ戦争があり、進駐してきた日本に対する抗日運動もありました。

さらには、南北分断に付け入って来たあのアメリカとのベトナム戦争も。

日本も米軍に物資を供給する「ベトナム特需」で潤った時期もあり、決してベトナム戦争と無縁ではありません。

そして最後は、中国の侵攻を阻止した中越戦争。

つい40年前までは、ベトナムは戦火の中にあったのです。

そして、女性も戦争に巻き込まれ、銃後の守りだけでなく、銃を取って戦うことも余儀なくされたのです。

機関銃の引き金を引く10代の少女の写真もあります。

 

こうした歴史資料ばかりでなく、ベトナムの民族衣装であるアオザイをはじめ様々なファッションの展示のほか、首飾りや耳飾りの展示、そして働くベトナム女性の道具の展示もあります。

 

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ベトナム女性博物館の正面入口

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エントランスにある母と子の像

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子や夫が戦争の犠牲になり英雄として表彰された母達の写真がびっしりと掲げられています

ホーチミン廟

ホーチミン(旧名サイゴン)は今やベトナム南部の都市名になっていますが、元来はベトナム建国の父と言われる人の名前です。

 

ホー・チ・ミンは、今も多くのベトナム人から慕われており、親愛の情を込めて「ホーおじさん」とも呼ばれています。

1890年に生まれ、1969年に亡くなっています。

生涯をかけてベトナムの民族解放と独立に取り組みました。

若き日にはフランス語や英語を学ぶとともに、船員として世界を回っています。

見聞を広め、世界への眼を養ったことでしょう。

1945年、ベトナム八月革命が勃発し、王朝はなくなり、共和国が誕生しました。

同年9月2日、ホー・チ・ミンが臨時政府を代表してベトナム独立宣言を厳かに読み上げ、国民と世界に向けてベトナム民主共和国の誕生を宣言したのです。

上の写真にある広場は、その独立宣言が読み上げられた場所です。

 

同じ写真にある建物が、ホーチミン廟です。

ホーチミンの遺体が安置してあるこの場所は、ベトナム人にとっての聖地であり、参拝者が列を成していました。

ホーチミン自身は、個人崇拝につながる墓所や霊廟の建設を望んでいなかったのですが、政治権力によってその意向は無視されました。

政治局の決定により、遺骸はレーニンに倣って、永久保存(エンバーミング)され、南北統一後、このバーディン広場に建設されたホーチミン廟に安置されたのです。

統一ベトナムの発展には、死後も貢献していると言えるでしょう。

 

ホー・チ・ミンは、フランスの植民地(仏領インドシナ)であったベトナム中部のゲアン省の貧しい儒学者の子として生まれています。

父の影響を受けたホー・チ・ミンは、幼少から論語の素読を学んで中国語を習得したそうです。

生涯、腐敗や汚職、さらには粛清に無縁であった人格高潔な指導者、ホー・チ・ミンの精神的骨格は、論語を学んだこの幼少期に形成されたに違いありません。

 

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ホーチミン廟とバーディン広場

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迎賓館

この色彩の建物は、公共機関であることが多いようです

ベトナムメモ

ここでベトナムについて、基本的なことをまとめてみました。

下の地図にあるように、北は中国、西はラオスとカンボジア、東は南シナ海に臨んでいます。

南北に長いS字形ですね。

広さは約33万㎢ですから、約37万㎦の日本とほぼ同じです。

 

人口は約8,500万人。

54の民族から成っていますが、うちキン族が約9割を占めています。

約80%が仏教徒(大乗仏教)。

 

首都ハノイは政治・文化の中心都市で、人口は約650万人。

南のホーチミン(旧サイゴン)は人口約716万人のベトナム最大の商業都市です。

 

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ベトナムの地図

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ベトナム名物のシクロ

自転車で人力車の座席を押して動く乗り物です

運賃は直接交渉で決まります

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旧市街にある寺院

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寺院には猫もいました

長寿県・長野

「長野県の長寿力」という本を頂きました。

著者は長野県知事・阿部守一知事。

 

長野県は平均寿命が男女ともに日本一の県です。

もちろん優れた自然条件もあるでしょうが、それだけではなく、そのための努力がありました。

それが証拠に、昭和40年(1965年)の段階では、男性の平均寿命は全国9位と健闘しているものの、女性は26位で全国平均以下だったのです。

脳卒中という大きな健康問題があり、その死亡率は全国1位でした。

その後、予防は治療に勝るという考えの下、保健医療の関係者をはじめ、多くの県民の取り組みがあって初めて長寿県の実現があったのでした。

食生活の改善や健康に良い食材・食品が、今日の長寿力を形作っています。

 

それにしても、外から見た長野県の価値、「信州のブランド力」は優れていますね。

 

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