後楽園

日本三大名園と言えば、金沢の兼六園、水戸の偕楽園、そして岡山の後楽園ということになっています。

他にも良い庭園があるのですが、どうしてそういうことになったのでしょう。

文献上では、明治37年(1904年)に外国人向けに発行された写真集に既にこの言葉が使われているそうです。

 

後楽園は、今から約300年前に岡山藩2代藩主池田綱政が藩主のやすらぎの場として作らせた庭園です。

後楽園の名前の由来は、中国古典の「先憂後楽」(天下の人が憂えるのに先立って憂い、天下の人が楽しんだ後から楽しむ、の意)からと言われていますが、この名前が使われるようになったのは明治以降のことのようです。

 

私が訪問したのはまだ暑い盛りだったものですから、暑さに耐えかね、茶屋に逃げ込み、かき氷に涼をとったのでした。

これも一種の「花より団子」でしょうか。

 

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岡山のおにぎり

岡山と言えば、桃太郎が出てきますが、吉備団子ではなくおにぎりの話です。

岡山を訪れた際、岡山駅にある「山田村」という店でおにぎりを買いました。

何も具の入っていない塩むすびと、店で一番人気という梅しそ鮭のおにぎりの2個。

味も良く、ボリュームもあって、なかなかのものでした。

「米屋のにぎりめし」とありますから、元々はお米そのものを扱っている所なのでしょう。

岡山市内に3店舗あるようです。

 

お隣の広島でおにぎりの店と言えば、「むすびのむさし」でしょう。

ここのおにぎりも、他ではなかなか食べることのできない逸品です。

 

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JR岡山駅の東口です。

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何と言っても桃太郎!

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おにぎりは私の胃袋に消えたので、せめてお茶でもと思い…。

議員報酬

このブログで、政務活動費は適正に、しかし大いに使うべしと書きました。

それは議員として本来期待されている役割を果すためです。

一方、議員報酬は抑制すべし、ともしました。

この点、名古屋の河村たかし市長の主張に賛同するものです。

 

首都東京でも変革の兆しがあります。

東京都の小池百合子知事は、ボーナスなどを含めた知事給与を半減するための条例改正案を、都議会定例会に提出することとしています。

これにより自らが身を切る姿勢を示し、都政改革を進める狙いです。

都議たちがどう反応するか、見ものです。

 

127人いる都議の報酬は、ひとり年1708万円。

半減された場合の知事報酬1450万円を、約260万円上回ることになります。

都議にはこれに加え、本会議などに出席するだけで1日最低1万円をもらえる「費用弁償」もあります。

なお、政務活動費は月60万円、年にすると720万円となります。

 

地方議会もさることながら、国会議員は今や特権階級と成り果てています。

基本となる年収は2,200万円。

これに加えて、文書通信交通滞在費という非課税で領収書も不要という何とも得体のしれないものが年1,200万円。

さらに国から政党交付金として議員一人当たり年間約4,000万円、立法事務費として月額65万円が会派に支払われます。

もちろんこのお金のほとんどは政党が使い、議員個人に支給されるわけではありませんが、実態としては政党交付金の一部、年間数百万円から1,000万円程度が各議員に支給されているようです。

仮に政党交付金が年間1,000万円だとすると、年間4,400万円ほどの金が議員本人の口座や政党支部の口座に分けられて振り込まれることになります。

 

西郷隆盛の言葉を引いておきます。

「万民の上に位する者、己を慎み、品行を正しくし、驕奢(きょうしゃ)を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは、政令は行はれ難し。」

(国民の上に立つ者(政治、行政の責任者)は、いつも自分の心をつつしみ、品行を正しくし、偉そうな態度をしないで、贅沢をつつしみ節約をする事に努め、仕事に励んで一般国民の手本となり、一般国民がその仕事ぶりや、生活ぶりを気の毒に思う位にならなければ、政府の命令はスムーズに行われないものである。)

 

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名古屋市庁舎内部

政務活動費をめぐる心配

何人かの富山市議たちのでたらめな政務活動費の使い方で、またこの経費の存在がクローズアップされています。

先に有罪判決を受けた野々村竜太郎・元兵庫県議は度し難い犯罪者としても、富山の市議連中も市民の信頼を裏切った点では罪は重いと思います。

 

政務活動費は市民や県民の税金から出ているものですから、1円たりともごまかしがあってはならないのは当然のことです。

私がかつて所属していた群馬県議会においてもその使い方に首をかしげるようなものは見受けられましたが、今回のように領収書の改ざんとなれば問題は看過できません。

それでなくても「尊敬」という言葉とはほど遠い議員たちが、有権者にとってはさらに卑しい存在に映ることになるでしょう。

 

ただ、心配なのは、こうした不祥事で政務活動費を使うことが憚られるような風潮になりはしないかということです。

事実、オンブズマンの組織は、支給額に対する使用額の割合(執行率)を問題視し、全国比較をしています。

不正が相次いで発覚した富山市は、執行率100%であり、支給された政務活動費を1円も残さず使い切っています。

それは不自然であり、今回のような不正が働くことに繋がっているということでしょう。

中核市で95%以上の執行率は富山市の他は、鹿児島市と前橋市のみです。

しかし、だからと言って前橋市議会議員たちが不正支出をしているとは限りません。

政務調査など議員としての活動にはお金はかかるものであり、そのために議員報酬とは別にこうした予算が組まれているのです。

政務活動費を使い切らず少しでも残すことを是とすることになれば、それはむしろ議員としての本来あるべき活動をサボタージュすることを認めることになりかねません。

私は議員報酬はもっと抑えるべきだと考えますが、それとこの問題を一緒にしてはおかしくなります。

 

群馬県議会の執行率も約92%と都道府県の中で上から13位です。

こういう時だけ上位にランキングというのも何だか微妙ですが、きちんとルールを守って使ってくれているのであればいいでしょう。

この点、群馬は監視機能が弱いのは事実です。

これからも適正な使い方をしているかについては有権者もメディアも大いに目を光らせるべきですし、今回のような不祥事が各自治体の議員にとって他山の石となり、襟を正すことに繋がれば結構なことです。

要は、市民、県民から負託を受けた議員として、しっかり仕事をせよということに尽きます。

 

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過日訪れた富山市内で見かけた「環境未来都市とやま」のポスターです。

心無い市議たちのせいで、美しい北陸の街のイメージが汚されるのは残念。

河村たかし市長と

名古屋の河村たかし市長をリーダーとする「減税日本」の考え方には共感するところが大きく、かつては私もその政治塾に参加していました。

河村たかし市長の主張は明解です。

「税金を払う方が地獄、税金で食っている人が極楽というのは正さにゃいかん」

「議員とか役人とかはパブリックサーバント、公僕だ。そういう政治の原点を訴えたい」

今も決して色褪せていません。

 

河村市長には私も大恩があります。

群馬の知事選に私が出馬した時、わざわざ名古屋から駆けつけてくださり、応援演説のマイクを握ってくださいました。

それだけでなく、一緒に選挙カーにも乗り込み、市街地を回ってもいただきました。

お忙しいところ、本当にありがとうございました。

 

河村たかしさんという方の気さくな人柄は、よく知られています。

日本で庶民革命が本当にできるのは、この人しかいないと思っています。

政治を庶民の手に取り戻す。

その目標に、大いに共感するものです。

 

人口230万人を擁する大都市・名古屋の市長職という激務に、今は邁進されている河村たかしさん。

くれぐれもお体を大切に、と願わずにはいられません。

 

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名古屋市長室にて河村たかし市長と。

ブログも連続777日

このブログを再開したのが、2014年8月10日のことでした。

以来、毎日書き続け、今日で777日となりました。

カジノのスロットルが当たったような数字になりました。

 

元々、今できることをやろうという気持ちからスタートしました。

自分の考えや思い、近況などを、自分の言葉で伝えること、それがお世話になった方々に対し、自分ができることだと思ったからです。

 

やってみると、書き記すという作業は、何より自分のためになります。

暮らしの中で、つい流され消えて行ってしまう思いを、書き留め、文章としてまとめる。

この作業は、どこか俳句作りなどと似ているところがあるように思います。

もう少し続けてみようと思いますので、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 

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春まだ浅い、能登半島にて。

上州・東善寺 小栗上野介

現在は高崎市に合併されましたが、旧倉渕村に、東善寺というお寺があります。

今までも私は何度か訪れていますが、先日、家族4人で寄らせていただきました。

 

驚いたのは、ご住職が以前も家族で訪れたことを覚えていてくださったことです。

あれからもう20年になろうとしているにもかかわらず、です。

 

そこには小栗上野介のお墓があります。

また息子(養子)や従者たちの墓もあります。

小栗忠順(ただまさ)は江戸時代末期の幕臣で、勘定奉行、江戸町奉行、外国奉行の要職を歴任しました。

領地としては上野国群馬郡権田村、現在の群馬県高崎市倉渕町権田を与えられていました。

有能な武士であり、また薩長への主戦論者でもあったため、官軍から恐れられ、罪なくして斬首されるという非業の死を遂げています。

安政7年(1860年)には日米修好通商条約の批准のため、米艦「ポーハタン号」で渡米するとともに、幕府の財政再建や洋式軍隊の整備、横須賀製鉄所の建設に力を尽くしました。

歴史は勝者が捏造する面もあります。

敗れた側の偉大な先人に光を当て、正しく評価する努力を怠ってはなりません。

 

村上泰賢住職のご尽力により、小栗上野介や一族、従者の墓の整備はもちろん、関連する資料もわかりやすく展示してあります。

亡き上野介は上州高崎の川原で非業の死を遂げたわけですが、泉下ではすばらしい菩提寺に恵まれたと喜んでいるのではないでしょうか。

今日も上州の爽やかな風が吹いています。

 

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小栗上野介

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日露戦争時、日本海海戦で勝った司令長官・東郷平八郎が、造船所の礎を築いた小栗上野介のお蔭として、感謝の意を込めて小栗の遺族に送った書「仁義禮智信」。

ドキュメンタリーの時代

このところ、映画にしても、テレビにしても、「ドキュメンタリーの時代」だと感じています。

 

例えば、映画にしても、先日このブログで取り上げたように、韓国映画「あなた、その川を渡らないで」は田舎に住むある老夫婦の日常をありのままに映しています。

来月には、老いたアメリカのピアノ教師を主人公にしたドキュメンタリー映画も東京などで公開されます。

少し前ですが、フランス人の監督がアフリカや南米など世界各地の通学路の様子を描いた作品も印象に残るものでした。

 

翻って日本のテレビでも、市井の人を映し出したドキュメンタリー番組が人気を呼んでいます。

NHKの「ドキュメント72時間」もその一つです。

72時間、すなわち3日間、同じ場所にカメラを据えて、行きかう人々の実相を映し出しています。

同じNHKの「サラメシ」は以前「鯵の押寿司」にちなんで紹介させていただきましたが、「ランチをのぞけば、人生が見えてくる」とのこと、これも一種のドキュメンタリー番組でしょう。

民放でも、テレビ東京の「家、ついて行ってイイですか?」も視聴率がいいようです。

終電を逃した人などに家までのタクシー代を負担する代わりに、家までついて行っていろいろ話を聞かせてもらうという番組です。

 

「情熱大陸」などもドキュメンタリーですが、特別な活躍をしている人たちよりも、そうではない人たちの姿をありのままにとらえた番組が共感を呼んでいます。

何か目立つことをせずとも、人生を必死に生きているだけでそこに「物語」が生まれます。

それは、それだけ豊かに一人ひとりがそれぞれの人生の主役を演じているからなのでしょう。

 

作り物や過剰な演出に、観る者はウソを見てとり、辟易としています。

もし、ドラマを作るのであれば、中途半端な作り物ではなく、NHKの「真田丸」の三谷幸喜脚本のように、思い切った解釈を加えて歴史を素材とした人間ドラマに仕立てていくか、ということでしょう。

フィクションであろうが、ノンフィクションであろうが、作り手や登場する人たちの思いや姿がしっかり見えることが大事なのだと思います。

その結果として、観る者の「共感」を得ることができるのでしょう。

 

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大阪・道頓堀の夜。

「魂の退社」 会社を辞めるということ

朝日新聞の「ザ・コラム」の欄に登場していた、編集委員の稲垣えみ子さんを覚えている方は多いと思います。

アフロヘアの顔写真が印象的なばかりではなく、お書きになっている内容も興味を引くものでした。

特に、東日本大震災後の節電生活の様子を綴ったコラムは面白かったですね。

 

その稲垣さんが50歳で朝日新聞を退社され、そこに至る経緯や思いを出版されました。

それが「魂の退社」です。

「魂の」と付いているのは、単なる思い付きや条件のいい転職などではなく、覚悟を持った退社ということだと解釈しています。

事実、それは会社人生との決別という重い決断の結果なのです。

 

日本社会がいかに会社という存在と深く結びついているか。

会社と切り離されることで何が起こるか。

そして、どうして「退社」ができないか、ということが描かれています。

しかし、稲垣さんはそれでも覚悟の上で退社を決断され、新たな人生を出発されました。

そこで失ったもの、得られたものを平易な文章で率直に書かれています。

それは、もう一つの「生き方」を提示されるものです。

 

私自身はこれまでの人生で、3度、会社や役所などの組織に属さない経験をしています。

最初は、47歳で公務員を辞職した時。

次は、県議を務めた後、挑戦した知事選に落ちた時。

そして、その後の衆院選に落ちた時。

ですから、稲垣さんが電気のプラグだけでなく、会社という安全装置のプラグを抜いた時、直面した諸問題は、私はとっくに経験済みであり、それだけに実体験からもよくわかるのです。

 

この本は、日本社会の現実と向き合いつつも、我々を真の幸福から遠ざけている呪縛から解き放つ可能性を見せてくれています。

死んだように生きるのではなく、生きて生きてそして死んでいく。

こんな生き方のできる、それぞれの「いのちが輝く」社会ができればいいと、改めて思います。

 

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前橋にて住谷夢幻展

この休みに前橋のノイエス朝日で開かれている「住谷夢幻展」に出かけてきました。

住谷夢幻こと岡田芳保氏は高崎のお生まれです。

昭和12年生まれですから80歳になろうというお年ですが、とてもそうは見えない実に若々しい方です。

おそらく精神の瑞々しさが、外見にも表れておられるのではないでしょうか。

 

作品は墨を使っているため書と言えますが、既成の書を超えた広がりを持った表現となっています。

それは一種の詩を構成していると言ってよいでしょう。

発想はどこまでも自由でありながら、現代社会において引き起こされている問題と向き合い、厳しく問うています。

若い頃学ばれたフランス芸術が下敷きとなっています。

 

「抽象作用だけが 飛躍を可能にする」。

今回の2年ぶりの展覧会の案内にあったご自身の言葉です。

会場を埋め尽くす抽象作品の数々から、自由な発想が飛び立っていきます。

9月25日の日曜日まで開催されています。

 

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