大臣の責任

文部科学省による幹部の天下りの斡旋が問題になっています。

元高等教育局長が大学教授に再就職した際、組織ぐるみで斡旋したとされ、これ以外にも斡旋事例があるとのことで調査が入っています。

 

決められたルールを守らないというのは良くないことで、当然、関係者は処分の対象になるわけです。

事務方のトップである次官の辞職をはじめ、人事課長経験者を懲戒処分とする方針が報道されています。

ここでおかしいと首を傾げる点があります。

 

国の省庁の責任者は、言うまでもなく、大臣です。

にもかかわらず、大臣の出処進退の前に、事務次官をはじめ役人の処分が先行しています。

一体、大臣とは何なのでしょうか。

単なるお飾りに過ぎない存在ではないはずです。

もちろん一般的には今誰が大臣か大して認知もされず、当人や政治業界だけが騒ぐ存在ではありますが、組織の責任者であることには変わりありません。

 

既に退職した元次官にまで給料の自主返納を求めると言います。

組織のあり方が問われている時は、当然、責任者の責務が問われるべきです。

不安の幕開け

今日、悪夢のような現実が生まれます。

米国大統領・ドナルドトランプの誕生です。

 

就任前から、幼稚なツイートや傍若無人な記者会見で物議を醸しています。

これほど米国民から歓迎されない大統領の誕生は初めてでしょう。

米国民のみならず、フランスやドイツなど世界も眉をひそめたり、強く反発しています。

その中で日本は、物言わぬ忠犬として尻尾を振り続けるしかないのでしょうか。

 

大統領になったら変わるだろうという人もいます。

それらしくなるという期待を込めてです。

しかし、そう人間は変われるものではありません。

人を信用しない、専門家の意見は軽視する、自らの経験のみで語る、異論に不寛容で徹底的に攻撃する、、、

アメリカ第一主義や行き過ぎた国内経済保護政策は、いずれアメリカ自身の首を絞めることとなるでしょう。

 

米大統領選に適用される民主主義のルールで選出されたトランプですが、選挙が往々にして不満のはけ口になりやすいことを図らずも示しています。

果たして4年という任期を全うできるのか。

その間に必ず来るであろう危機への対応にこそ、真価が現れます。

竜飛崎

今回の青森旅行でどうしても行きたかったのが、竜飛崎です。

石川さゆりが歌う「津軽海峡冬景色」の2番の歌詞に出て来る、あの「竜飛岬」です。

「ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと
見知らぬ人が 指をさす
息でくもる窓のガラス ふいてみたけど
はるかにかすみ 見えるだけ
さよならあなた 私は帰ります
風の音が胸をゆする
泣けとばかりに
ああ 津軽海峡冬景色」

 

実際に竜飛崎に立ってみると、まさに「北のはずれ」であり、本州最果ての地に来たという感、一入です。

日の出が見たくて早起きしました。

海に向かって光を投げる灯台と、広い広い海原と、岩に砕ける波の音。

まだ明けない暁は、ここしかない、今しかない、色彩と冷気に包まれています。

 

ここは海から一日中強い風が吹き付ける土地柄で、冬季でも降った雪が風に飛ばされ、深く積雪することは少ないと言われています。

それで竜飛崎では、吹き付ける強風を利用して風力発電が行われているのです。

津軽海峡を挟んで対岸の北海道の白神岬とは約20キロメートルの距離があり、地下を青函トンネルが通っています。

 

しばらくすると、灯台の明かりも消え、夜が明けたことを教えてくれます。

「津軽海峡冬景色」の石碑の前に立ってボタンを押すと、2番の歌詞が石川さゆりの歌声で流れてきます。

私も大きな声で合唱し、竜飛崎を後にしました。

 

IMG_3988

IMG_3984

IMG_3998

IMG_4008

風力発電施設が見えます

IMG_4005

IMG_4006

IMG_4014

「津軽海峡冬景色」の石碑にて

津軽そばと津軽の中華そば

弘前でのお昼は津軽そばと津軽の中華そばでした。

一人で二つとも完食したわけではなく、シェアしていただきました。

どちらにしても欲張りであることに変わりはないのですが。

 

焼き干しを使った出汁やスープが、実にやさしい味を出しています。

これなら飽きも来ず、いつまでも食べられそうです。

大満足のお昼は、津軽そば530円、津軽中華そば550円でした。

 

立ち寄った三忠食堂の外観の写真です。

これがまた趣(おもむき)があります。

これぞ正しい大衆食堂という感じでしょう。

実はこのお店、100年以上続いているのです。

戦争もバブルも乗り切って、今日に至っています。

映画「津軽百年食堂」のモデルでもあります。

 

親切なご主人がどこから来たのか聞いてくれます。

群馬だと言うと、わざわざ遠くからと喜んでくれ、そばとラーメンの説明もしてくれたのですが、食べるのに夢中で正直よく覚えていません。

そこで「まるごと青森」(http://marugoto.exblog.jp/5568578/)の記事を引用させていただきます。

ご容赦ください。

「三忠食堂本店の名物と言えば”津軽そば”
初代・他人治郎さんが盛岡から弘前にやってきたとき、
この地の人に作り方を教わったもので、
以来四代100年の間この製法を変えることななく、
「こういう風に先代から教わった」ということを大事に守り続けています。

御主人に”津軽そば”の作り方を聞いてみると、
「自分はこういう風に教わったが、それぞれ作り方は違うと思う」とした上で、
丁寧に教えてくれました。
①鍋にお湯を沸かし、ゆっくりとかき混ぜながらそば粉を入れそばがきを作る。
②このそばがきを冷水に浸けながら一晩寝かせる。
そば粉と大豆粉を混ぜ合わせ、これを寝かせたそばきに練り込む。
④十分にかき混ぜた、これを製麺する。
⑤製麺したものをさらに一晩熟成させる。
⑥十分なお湯で茹でる。
ここですぐ食べると「煮立ての津軽そば」、
三忠食堂本店の場合これをさらに寝かせておくため、
独特の食感の「煮置きの津軽そば」になります。

“津軽そば”の製法はさまざま伝えられており、
大豆を使うのが共通した特徴ですが、
三忠食堂本店では大豆をすりつぶした大豆粉を使いますが、
炒った大豆粉を使うもの、大豆を茹でてすり潰した呉を使うもの、呉汁を使うものなど、
確認できるだけでもいくつもの方法があります。

三忠食堂本店の津軽そばには、
ダシと醤油に昆布を1枚入れただけのシンプルなつゆが使われ、
そばもつゆも自己主張をしないため、
逆にその味わいをしっかりと感じることができます。
強いものを集めてその良さを際立たせようとする
現在の食文化の主流に対するアンチテーゼのような食べ物。
なぜか無性に食べたくなる弘前のソウルフードの一つです。」

 

最後の一文がいいですね。

そばもつゆも自己主張しないからこそ、逆にその味わいをしっかりと感じることができる。

現在のこれでもかとがんがん来る食文化に対するアンチテーゼ。

それは食べ物だけでなく、文化や生き方に繋がるものがあると思います。

津軽、万歳!

 

IMG_3959

岩木山

岩木山(いわきさん)は青森県のランドマークです。

よく「お岩木やま」や「お岩木さま」のように、「お」を付けて呼ばれています。

地元の方からの親しみであり、尊敬でもあるのでしょう。

演歌などの歌詞の中にもしばしば登場します。

 

岩木山の標高は1,625メートル。

青森県の最高峰です。

日本百名山にも選定されています。

弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する火山です。

 

晴れた空に「津軽富士」がよく映えていました。

 

IMG_3961

IMG_3962

女子駅伝

昨日は全国的な冷え込みにより降雪が見られる中、私の住む群馬でも積雪となりました。

幸いにも晴れ間のお蔭で、午後からは道の雪も消えました。

自然の力は偉大だと改めて思います。

 

京都で行われた全国都道府県対抗女子駅伝のテレビ中継には、思わず見入ってしまいました。

もちろん群馬や広島などの関係県の順位も気になりますが、それに限らず、各選手が一生懸命走る姿には観てる方も自然と力が入ります。

特に雪降りしきる京の道を、真っ直ぐ前を向いて走って行く姿に心動かされない者はいないでしょう。

走っている時は誰の力を借りることもできない孤独な競技ですが、駅伝は団体競技でもあります。

そこがまた何とも言えない魅力があるのだと思います。

 

気になったのは、雪の中を普段通りの格好で走っている選手が多いこと。

キャップを被ったり、少し着込んだりなど、チームとして雪や低気温の対策を取った方がいいのでは、とも思ったりしました。

 

新年から続く実業団のニューイヤー駅伝、関東の大学が参加する箱根駅伝、そして全国都道府県対抗駅伝。

駅伝という極めて日本人のDNAに訴えるスポーツを観戦しながら、行政運営や企業経営にも通じる「襷(たすき)を繋ぐ」ことの意味を改めて感じています。

 

IMG_3644

旧京都府庁

斜陽館

津軽の生んだ作家・太宰治の生家である斜陽館を訪れました。

斜陽館のある金木町(かなぎまち)は現在は五所川原市ですが、津軽平野のほぼ中央に位置しています。

この土地の有数の地主である津島家の六男(11子のうちの10番目の子)・津島修治として、太宰はこの家で生を受けました。

当時、津島家は「金木の殿様」とも呼ばれていました。

1907年(明治40年)に造られた斜陽館はその後旅館として使用された時期もあり、太宰の小説「斜陽」にちなんで「斜陽館」と命名されましたが、2008年からは太宰治記念館「斜陽館」となっています。

 

太宰の父は仕事で多忙な日々を送り、母は病弱だったので、太宰は生まれてすぐ乳母に育てられました。

その乳母や叔母(母の妹)に育てられた後、3歳から小学校入学までは14歳の女中・近村たけが子守りを務めました。

このたけが、太宰の作品「津軽」に登場する人物であり、このブログで以前書きましたようにそこには感動的な再会が描かれています。

 

この生家に佇んでいると、人間・太宰の姿が浮かび上がってきます。

太宰のある小説は、フランスの詩人 ヴェルレーヌの引用から始まります。

「選ばれてあることの恍惚と不安と二つ我にあり」

1948年(昭和23年)6月13日、太宰は愛人・山崎富栄と玉川上水にて入水自殺をします。

満38歳でした。

 

なお、金木町は津軽三味線発祥の地であり、歌手・吉幾三の出身地でもあります。

 

IMG_3963

IMG_3966

IMG_3967

1階内部

IMG_3968

IMG_3969

2階斜陽の間

ここの襖に「斜陽」の文字が見える

IMG_3971

2階応接室

連続888日

今日で888日となりました。

ブログを毎日書くようになって、2年半が経とうとしています。

早いものだと思います。

 

自分にとっての記録でもありますが、何よりお読みいただいている方に感謝申し上げます。

これからもよろしくお願いいたします。

 

img_4064

青森県 十和田湖畔にて

津軽民謡

青森市内にある民謡酒場に出かけました。

津軽民謡を聴くためです。

 

「正調民謡 甚太古(じんたこ)」は、囲炉裏のあるお座敷で、故・高橋竹山の弟子、西川洋子さんの津軽三味線が聴けるお店です。

美味しい津軽の郷土料理も堪能することができます。

津軽の地酒も美味しかったな。

 

津軽三味線に合わせて、津軽民謡を歌ってくれます。

歌ってほしい曲をリクエストすることもできます。

津軽の人々の暮らしの中の喜怒哀楽が伝わって来ます。

 

余韻に浸りながら、店を出て、海沿いの道を歩いて宿へと向かいます。

津軽の夜は更けていきました。

 

img_3933

img_3938

img_3941

三内丸山遺跡

以前から行ってみたかった三内丸山遺跡を訪れました。

青森市街地から車を走らせると、ほどなく着きます。

天候にも恵まれました。

 

元々は1992年、県営野球場の建設のための事前調査として発掘されたものです。

ところが縄文時代の大規模集落跡が発見され、公園化されました。

八甲田山から続く緩やかな丘陵の先端に位置する遺跡跡には、現在、住居群、倉庫群のほか、シンボル的な3層の掘立柱建物が再現されています。

 

今から5500年前から4000年前にこの地で長期間にわたって定住生活が営まれていたという事実が、歴史の旅に我々を誘ってくれます。

 

img_3945

img_3950

img_3949

img_3948